福嚴寺
浜松市曳馬
1-4-1
053-471-0663
福嚴寺建て替え工事
福嚴寺の四季
家康ゆかりの小粥家
墓地分譲中


 第二十番札所、福嚴寺は、遠州鉄道の遠州助信駅と遠州曳馬駅のほぼ中間にあります。大十九番札所の大厳寺からずいぶん離れた場所にあると思われるでしょうが、それもそのはず、ここは昔からの札所ではなく、大厳寺からお薬師さまとともに札所を譲られたものなのです。 現在このお寺には、桓武天皇の兄、開成法師作のお薬師さまと大厳寺からのものと二体のお薬師さまがあります。福嚴寺のご開山は、北簡元寿大和尚という人で、この人は、武田信玄の
旗下で侍大将を勤めた人物です。天正のころ、天神城落城のとき落ちのびて池新田に住み、その折、得度して僧侶となり、その後福嚴寺と西鴨江の花岳寺を開創されたということです。この北簡元寿大和尚は、寛永十六年(一六三九年)に大本山総持寺の貫首になられています。 寛政四年(一七九二年)に本堂も含め、全山焼失の災害にあい、翌年、再建されています。その後、何度かの修繕を繰り返し、昭和四十二年に増改築、昨年新築され現在に至っております。
薬師堂におまつりされる千体地蔵
 また、福嚴寺前の八坂神社とは、神仏混交の明治までは一屋敷であり、現の薬師堂は八坂神社の奥の院だったことがわかっています。この薬師堂には、元亀三年(一五七三年)に起きた三方ヶ原合戦のときの戦死者を供養する千体地蔵がおまつりされています。 本堂の前に掲げられている「「祇園林」の額は、山岡鉄舟の書です。明冶時代の神仏分離令の際、八坂神社と分離されるときに額として残された貴重なものです。
▲かつて八坂神社の奥の院だった薬師堂。


山岡鉄舟書の「祇園林」

20年ほど前に発見された薬師堂再建の勧進簿。薬師堂が八坂神社の奥の院だったことなどが記されています。

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